花とマヨネーズ
天宮(あまみや)千代です。
うっかり神様の世界に迷い込んで、早二週間。
黒狐に拾われ、白兎と知り合い、イタチ(鎌付)に喧嘩売られて和解し、ミンクにお世話される、そんな異世界生活です。
働かざるもの、食うべからず。
早くに両親を亡くした私に、ずっとついて回ってるこの言葉。
幸いにも、労働を厭う気質ではなかったし、菓子職人が天職だと信じ切っていたので、夜明け前に起きて働くことも、深夜まで調理器具を磨き続けることも、平気だった。
この世界は、夜明けとともに活動を始め、日が落ちると眠る、という生活が一般的らしい。
明かりがないとかではなく、「でないと天照の機嫌が悪くなるし、月読の恨み言が聞こえてきてウザい」と…。私、人間なのでさっぱりわからないが、神様たちはいろいろ聞こえて、見えているんだと。
なので、夕飯をいただいて、風呂に入ると、必然的に布団に直行。朝が早いので、眠い。
元の生活と似たとこがある生活リズムだから、それは全く問題ない。てか、早寝万歳、とか思ったわけだが。
この世界に来た日から、早寝できたことはない。
「ん、黒陽…そこ、ダメ…」
「嘘はよくないな。千歳の身体は喜んでいるのに」
現在、私、狐(人型)の膝の上に後ろ向きに座って、M字開脚中。
「ほら、乳首もこんなに硬い」
「んやっ」
きゅっと摘ままれて、腰がジンと痺れる。風呂で洗うときとかは、何ともないのに。
「ここも、もう濡れているし」
くちゅ、と音を立てて、長い指が足の間に入り込む。蜜を掻き出すみたいに出し入れされて、背筋がぞわっと粟立った。
「黒陽っ」
「千歳はこうされるのが好きだな。ほら、ここを擦ってやると、キュウキュウに締まる」
言いながら、指を動かす。自分の中からあふれたものがおしりを伝った。
「あ、んんっ…すき、すきぃ」
大きな手が、下から掬い上げるように乳房を揉む。ふと視線を落とすと、鷲掴みにする指の間から、硬くなった乳首が覗いているのが見えた。
「こくよ」
「うん?」
「ここ、して」
彼の手に自分の手を重ねると、ふ、と笑う。
「じゃあ、こちらを向いて」
「ん」
向い合せになって、彼の片腿を跨ぐ。膝で立つと、ぐっと引き寄せられた。
乳首に彼の舌が伸びる。先端でぺろっと舐めて、続けさまに転がすように舌を往復させた。
じれったいけど、それも気持ちいい。
吐息を洩らすと、抱きかかえるようにして布団に押し倒された。
「千歳はどこもかしこも甘い」
「うそ」
「神は嘘はつかん」
超絶美形様が、いかにも説得力なく、舌なめずりする。
「でも、そこ、何も出ないのに」
「こうすれば、出るかな?」
言うと、ちゅうちゅうと吸い上げ、もう片方をミルクを絞るみたいに揉む。
「ふあっ、ん」
黒陽の頭を抱きしめて、サラサラの黒髪を指に絡ませる。
乳輪ごと口に含んで、乳首だけ歯で軽く噛まれた瞬間、腰が震えた。胸だけでイってしまうって、ほんとにあるんだと知ったのは、この世界に来て五日目だった。
「ふふ、蜜の匂いが濃くなった」
顔を上げた黒陽が目を細めて笑う。
求められているものがわかっているから脚を広げると、つっと手を伸ばす。割れ目を撫で、指を忍び込ませると、くぷ、と音がした。
さっき、掻き出されたはずなのに、彼の指が動くたびに、たぷたぷ鳴る。
いつもなら、そこで指を引き抜いて、直に口をつけるか、指を舐めるかなのに、今夜は違った。
「せっかくだから、甘い乳を啜る心地でも味わってみようか」
「え?」
濡れた指で、私の乳首に触れた。指にまとわりつく蜜を、たっぷりと塗り込める。てらてらと枕元の明かりを反射して光るそれが、酷く卑猥だった。
「ほら、甘い」
舌先を伸ばして、ちろりと舐める。視覚と感覚の刺激で、身体が熱くなる。
「おい、し?」
「ああ。千歳の味がする」
ちゅうっと吸い上げて、口の中で舐め回す。
同時に、おしりを両手で揉みしだいた。あそこが擦れて、にちゅにちゅと音がする。
ちゅぷんと音を立てて離れた唇が、蜜壺を捕えたときには、布団が濡れるほどあふれていた。
「蕩けるような甘露だ」
熱い舌が、緩みきった入口から入り込み、指がもっと味わわせろと言うように肉芽を弄る。
蜜口を吸われ、熟れきった肉芽を押しつぶすようにされて、頭の中が真っ白になる。
自分の喘ぎ声も、悲鳴も、途中から聞こえなくなっていた。
ただ、あの蕩ける匂いを感じて、与えられる快楽を味わっていた。
私の朝は、ちょっと日が登ったころに始まる。
夜明け前に、とか、日の出とともに、とはいかない。
毎晩、夜更けまでイロイロいたしてしまっておりますので!
今朝も、巨大な黒狐の毛皮に包まれて熟睡しているところを、ミンク白兎同盟に起こされた。
朝っぱらから何ですが、寝起きは常に素っ裸です。夜のあれこれは、いつも綺麗になっている。どうやら神力でさっぱり…風呂、いらないよねえ? ともかく、昔の洋画の女優さんじゃあるまいし、何か着て寝たいと訴えたが、黒狐は不思議そうに小首をかしげた。
「何も着ておらぬほうが、全身で毛皮をもふれて良いのではないのか?」
全国のもふもふフェチの皆様、ご想像ください。
ちょう高級フォックスファーな敷き布団と掛け布団と枕のセットですよ。
全身、魅惑の毛皮に包まれるわけですよ。でっかい抱き枕|(しっぽ)もついてくる。
マッパの羞恥心なんて、私はトイレに流したね!
それに、寝起きでアレな姿をウサギさんたちに見られる…という心配は、今のところない。なにしろ、巨大狐の懐に隠されているので。
お狐さま、ひとの布団に来るときは人型だが、朝起きると狐なのだ。時限装置でもあんのか。
そんなわけで、極上の毛皮布団で(素っ裸で)目覚める日々です。
起きたら、仕事に引きずられていく狐を見送り、朱凛さんに風呂に追い立てられ、簡単に湯を浴びて、覚醒。それから朝ごはん。
うーむ…居候のくせにいいのか。
気にはなって、ウサギさんに訊いたんだ。
イタチのおっさんの様子から考えても、この世界の人間ってすんなり受け入れられるものじゃないと思うし、いわゆる「下賤が!」って言われてそうな人間と、自分とこの主が、そういうことしてても気にならんのかと。あと、この世界の制度的にどうなんだってのも気になっていた。
『別に気にしませんよ』
『…本当に?』
『ええ。神って言っても、いろいろでしてね、天津神国津神となると何かあるかもしれませんが、我々のように元が動物だったものは、そういう縛りはありません』
『でも、気持ち的なもんがあると思うんですが。ほら、おっさんみたいに、人間風情が! みたいな』
『ああ、亥黄のあれは、黒陽様崇拝しすぎなのと、単純に悔しかったからです。あと、神格を得る前の時代、人間に酷い目に遭わされたものは、純粋に嫌いってのもいますが。ともかくね、神々にとって、人間って蔑視する対象じゃないんです。何て言えばいいか…そこにあるならあるでいいし、ないならないでもいい、みたいな』
『とりあえず、ものの数に入ってないのはわかった』
『まあねえ。それより、千歳さんこそ、いいんですか』
『何が?』
『黒陽様、旦那にしちゃって』
『旦那? え、なんでそんな話に?』
『だって、ものすっごい濃さの神気ですよ。普通、夫婦になった神々だって、そんなに相手ににおいつけません。それに、千歳さん、毎晩黒陽様と肌を合せてますよね?』
『え、いや、でも、本番はまだですよ』
『そんな情報いりませんが。ともかくね、黒陽様って、狐のくせに女性に全く興味示さなくて、一時は男色好みなんだろうって実しやかに囁かれてたくらいなんです。そんなあの方が、突然千歳さんを連れてきて、庇護する、後見もさせろって言うわ、毎晩不寝番が前かがみになるくらい激しく睦みあってるわで、うちのものたち、完全に千歳さんを奥方様認定してます』
『うそお!』
『これでいて神ですから、嘘はつきません』
無情に言い切ったウサギさんに返す言葉もなく、呆然としたのだった。
今日は、朝ごはんをいただいたあと、厨房ではなく、鶏舎に案内してもらった。
昨夜のうちに、イタチのおっさんに連絡をお願いしていたおかげで、すんなり通してもらえた。
…なんか、鶏舎担当の仙の方が、やたらと恭しいのは、気づかないふりだ。
こちらもお仕事の邪魔をしないよう注意しつつ、無事に目的達成して、丁重にお礼を言って、そこを後にする。
ただの人間の居候だから、気にしないでほしいと重ねてお願いしたが、鶏舎の方々勢揃いでお見送りされてしまった。
ウサギさんが言ってたの、本当に冗談じゃない、のか…? いや、でもなあ。
「千歳様?」
ずっと付き添ってくれている朱凛さんに顔を覗き込まれて、我に返った。
「大丈夫ですか。やはりお疲れなのでは?」
朱凛さんは、お世話係というか、お母さんかお姉ちゃんみたいに面倒を見てくれている。
私はこっちではTシャツみたいな服の上から、スポッと被る半袖ロングワンピースみたいなのを被って、帯を締めるといった服を着ているんだけども、いろんな刺繍や染付がされていて、華やかだ。こういうものを選んだり、着つけたり、髪を結ったり、全部朱凛さんや他のお姉さんたちがしてくれるのだ。
傅かれるのが苦手だと言ったからか、必要以上に敬うような様子を見せないでいてもらえるのがありがたい。
ただ、お狐さまに思うところがあるようで、過保護なところもある。
今も、私の半歩後ろを歩きながら、心配そうに顔を覗き込む。
「無理をなさらず、お部屋でゆっくり過ごされてはいかがですか。こちらにいらっしゃってから、毎日働いていらっしゃるんですし」
「いえ、平気です。私のは、働くっていうより、好きなことしてるだけですし。今日は、いろいろ試したいこともあるので元気なくらい」
笑って誤魔化して、抱えていた籠を覗き込む。
産みたて卵がきっちり十個。
今しがた、私が拾ってきた新鮮卵だ。
この宮、野菜や果物、鶏卵は自家生産している。卵も、広い場所にメンドリ放し飼いだ。
トリさんが気の向くまま、産みっぱなしにした卵は、鶏舎担当の仙が拾い集めるんだけど、お願いして拾わせてもらった。ほんのりあったかくて、形も大きさも不揃いだけど、ここの卵の美味しさは、よく知っている。
初日に卵かけごはんを食べてから、どーしても! 作りたいものがあって。
それにはどーしても! 泡だて器が必要で、四苦八苦していたのだけども。
昨夜、お狐さまが、「西のほうに訊いてみたら、これじゃないかと届けられたのだが」と言って、差し出してきた、泡だて器!
何の変哲もないステンレス製のそれに、踊り出しそうになったさ。
だって、この二週間、イタチさんたちと、細く割った竹を炙って曲げては折っちゃったり、持ってきてた髪ゴムで束ねた菜箸や茶筅で代用してはめげたり、ちょっと諦めかけてたんだ。
浮かれるあまり、ついついアッチのほうも張り切ってしまったってのは内緒だ。
…てかね、自分がどうしたいのか、よくわからないまま、時間だけが経っている。
ため息をつくと朱凛さんが心配するから、ぐっと堪えて、籠を抱きしめた。
すっかり馴染になった厨房に到着。この宮、無駄に広いので、移動が大変だ。
お部屋係の朱凛さんとは、ここでお別れ。
「それでは、千歳さま、火傷やお怪我などなさいませんよう」
「はい。おいしいのができたら、味見してくださいね」
「楽しみにしております」
今までの試みが成功したら、いろんなものが作れるもんね。
朱凛さんを見送って厨房に入ると、おっさんが「お、来たか」と手を振った。
「千歳、お前が欲しがっていた小麦粉、やっと届いたんだが、あれでいいのか」
おっさんが指差した調理台には、十キロ米袋くらいの紙袋がふたつ載っていた。
「ちょっと見せて」
駆け寄って、口を開ける。
「右のが薄力粉、左が強力粉だ」
よく知る小麦粉の香りが広がり、思わず涙ぐんだ。
「これ! これだよー! ありがとう~!」
「お、おう。ならよかった」
私の勢いに若干引き気味だが、構わない。
張り切って腕まくりをして、この数日、ずっと試していたあれこれを取り出した。
おっさんとウサギさんに頼んで、厨房に私の荷物置き場というか、資材置き場の棚を作ってもらったのだ。
いろいろあった初日の翌日、現実逃避も兼ねて、私はこの世界で生きる当座の目標を決めた。
メインはもちろん洋菓子だけど、この世界…少なくともこの宮の周辺は、和食文化だ。果樹園や備蓄庫を見せてもらったときに、いくつか外来種のものを見たけど、利用方法はあくまで和食。甘味類も、和菓子が主流。それも、私がよく知る上生菓子とかじゃなくて、羊羹やふかした饅頭とかだ。
でも、はじめに予想していたよりも、材料は豊富なんだ。
泡だて器が手に入ったように、神様たちが行き来して、何となく伝わったり広まったりしたものも多いらしい。
なら、今の日本人がイタリアンやフレンチを食べるみたいに、パン食が当たり前になったように、この世界でも新しい味を試せないかな、と思った。
口に合わないんなら、仕方ない。それは無理することじゃない。
でも、イタチさんたちがプリンを美味しいって言ったみたいに、知らないだけで食べてみたらイケた! ってものも、きっとあると思うんだ。
何より、私が食べたい。
次に『扉』が開くのが、いつになるのかわからない。
ウサギさんや朱凛さんも、全く見当がつかないと言っていた。そもそも、開いても、わからないんじゃないかって。
それを聞いても、別にがっかりしなかった。
私、元の世界にどうしても帰りたいとは思っていない。
だって、あの世界には、私を必要としているものなんてないんだもの。
仕事はあったけど、それだって私がいなくなれば、すぐに新しいひとが場所を埋める。私の存在って、そういうものだ。
だから、この世界から帰れないなら、それもそれだって思っている。
だったら、少しでも居心地良くしたいじゃないか。
和食は大好きだ。毎日食べても全然問題ない。でも、絶対に、ふとハンバーグが食べたいなあとか、パリパリバゲットサンドが食べたいなあとか、カレーライス死ぬほど食べたい! って日が来ると思う。
私、美味しいものがあれば、人間ってとりあえず死にたいときでも生きてられるって信じてるから、その辺に人生使うことにした。
てーことで。
備蓄庫で、おやつ用の干しぶどう見つけたときに、最初の計画ができたわけです。
「黄那、あの瓶、取ってー」
竃の傍で里芋を剥いているイタチ友達に声をかけると、「今日もか?」と視線を上に上げる。
厨房には竃がいくつかあるんだけど、絶対にひとつは火を落とさない。不寝番を決めてまで、火を守っているんだそうだ。だから、いつも暖かい。
この暖かさと、干しぶどうで私が思いついたこと。
それは、パン作り!
黄那が竃の傍の棚から取ってくれたガラス瓶。
日に透かして中を確認して、にんまりと笑った。
「それ、何なんだ? 日に日にすっげ微妙な色と匂いになってるけど」
「ふふー。できてからのお楽しみ。ちょっと離れてて」
調理台に瓶を載せると、おっさんと黄那が興味津々の顔で寄ってくる。他のイタチさんたちも仕事の手は止めないまま、こっちを見ている。この一週間くらい、毎日蓋を開けてるから、珍しくもないだろうに。
この世界では貴重品らしい蓋付きガラス瓶の蓋を開けると、ブシュッと音がして、中身が白く泡立った。でも、この二日くらいに比べれば、かなり収まっている。
「うおっ」
「今日のはいつにもまして…」
イタチ勢が鼻を抑えて後退する。そんな悪臭じゃないと思うんだけどなあ。
「それ、何に使うんだ」
鼻を抑えたまま、おっさんが聞いてくる。
そろそろ種明かししてもいいかな。上手くいってそうだし。
「パンを作ろうと思ってさ」
「ぱん?」
「なにそれ」
「んー、この世界で言うところの西のほうのご飯みたいなもの。美味しいんだよ」
異臭を放つ瓶を片手に言っても、説得力皆無だろうけども。
「ま、とりあえず、見てて。わりと手間がかかるんだよね。これの仕込みが終わったら、ちょっと試してほしいものを作るから」
レーズンや果物から自家製酵母を作る、というのは、難しいことじゃない。でも、やたらめったら時間がかかるのだ。この酵母で元種を作るには、最低でも二回培養しないといけない。
この酵母に強力粉を入れて、よく混ぜて、暖かい場所で五時間前後、発酵させる。二倍くらいに膨張したら、冷蔵貯蔵室で一晩寝かせて、明日もう一回、水と強力粉を足して、また発酵させる。
この時点でパンを焼ける状態なんだけど、いろいろ試してみたいものがあるので、量を増やすためにもう一回、酵母液と粉を足すつもりだ。
届いたばかりの強力粉を天秤で計り、元種作りに成功したら、まずは何を焼こうかなあとニンマリした。
目の前にあるもの。
茹でた野菜と茹で海老。
おっさんに頼んで用意してもらったものだ。
野菜は塩茹で、海老は酒で臭みを取る処理だけしてある。
「千歳、こんなもん、どうするんだ」
困惑するイタチ勢の前に、厳かに差し出したもの。
黄味がかった、白いクリーム状のつややかな物体。
そう、マヨネーズだ。
パン種を仕込んで、早速作った、自家製マヨネーズ。
死ぬほど美味しい卵を食べたときから、いつかは作りたいと思っていたのだ。
それがこんなに早く叶うとは!
泡だて器を取り寄せてくれたお狐さま、バンザイ!
イタチに毒見させたら、速攻で持っていくからね!
「何も言わず、まずは好きなもんにこれをつけて食え」
初心者向けに、酸味は抑えてまろやかに仕上げた自信作。
だが、相変わらず警戒心の強いイタチたちは、塩茹でした三度豆にマヨをつけ、ふんふんくんくんして、首を傾げる。
「酢…?」
「でも、ちょっと卵っぽい匂いもするな」
口にスプーン突っ込んでやろうかと思い始めたころ、前回イタチに戻ったイタチ…央黄が意を決したように、ぱくっと三度豆を口に入れた。
皆が見守る中で、もぐもぐして、目を瞑り。
ぼひゅんっ
またもやイタチに戻って、床に倒れこんだ。
「どうしたっ、央黄!」
「まさか、まずいのか!?」
「しっかりしろっ」
失礼だな。
だが。
いきなり飛び上がってテーブルに乗ったかと思うとマヨネーズの皿に顔を突っ込んだ。
こら、毛が入るだろ。
慌てて首筋を引っ掴んで持ち上げると、顔中マヨまみれにしたイタチが、「うっまーい!」と叫ぶ。
「なにこれなにこれなにこれっ! ちとせ、てんさいだっ」
「そらーありがとう。考えたのは私じゃないけどな」
ナポレオンがたまたま立ち寄ったレストランの親父さん、ありがとう。あんたの思いつきは世界を救ったよ。
呆れる私の横で、「そんなに旨いのか」とイタチどもが次々に野菜や海老を口に入れる。
ポンポンッと耳が出てるから、美味しいんだろう。わかりやすくて助かる。
「…なんだ、これ」
「すっぱい、けど、油? のコクがあって…これ、何の味だ」
「いや、つーか、何と何をどうしたら、こんな味になるんだ」
皆がマジマジと私を見つめる。そんな見られても、顔にレシピ書いてねえぜ。
でも全員、手と口は忙しなく動いて、マヨ付き野菜っつーか、野菜付きマヨを食べ続けている。…お狐さまとウサギさんと朱凛さんたち用、もっかい作らんと足りんな。
「千歳」
海老のしっぽ片手に、おっさんが厳かに呼ぶ。
「はい?」
「これは、一体どのような料理なのだ」
「料理っていうか、調味料の一種です」
「調味料? これほどの美味が?」
驚愕に目を見張る。今、私が思い出してるのは、某有名風呂トリップ漫画だ。
「美味しいのは、ここの卵とお酢が美味しいからだと思いますよ」
「酢と卵なのか? この味が?」
「あと、油と塩と砂糖も入ってます」
「え、それだけ!?」
叫んだ黄那に頷いて、作り方を説明しようとしたとき。
「千歳」
相変わらずの官能ボイスが響いたと思ったら、厨房の入口にお狐さまが現れた。
イタチさんたち、一斉にひれ伏すので、私どうしよう。
「お狐さま」
でかくて入って来れないらしく、入り口から顔を覗かせている。
「仕事は?」
「今日の分は終わった。そもそも、毎日書類を眺めねばならぬ仕事など、あまりないのでな。この十日ほど、真面目にやっていたおかげで、暫くは書類仕事はない」
「はー。じゃあ、書類仕事以外の仕事は?」
「領地を見て回って、我の神力が隅々まで行き渡っておるか、確認するくらいだ」
結構体育会系なんだな。
「じゃあ、今日はお出かけですか」
「うむ。ところで千歳、それはなんだ」
人型になって入ってくると、テーブルの皿に目を向けた。イタチさんたち、十歩くらい後退する。
「マヨネーズです。元いた世界の万能調味料」
「ほう。千歳は甘味以外のものも作れるのか」
「料理は適当ですけどね。こういうのは結構得意かも」
酵母作りも、完全に趣味でやっていたのだ。私、経験積んで、お金貯めたら、ひとの少ない田舎に引っ込んで、自分で畑作ったりしながら、パンとかケーキ焼いて生きていこうと思っていた。
繁盛しなくていいから、近所のおじいちゃんおばあちゃんがお茶を飲みに来たり、農家のお嫁さんとかが息抜きに食べられる洋菓子とか作って、自分が食べるに困らない程度の生活がしたかったのだ。
だから、少ない休みの日には、カフェ巡りとかして、いろいろ研究していた。
パン種にこだわったのも、イーストくさいパンが嫌いだったから。有名店のパンでも、時々小麦の味よりイーストの味が勝っているものが多くて。天然酵母でも、酸味が少ないものを選んで食べていた。
「我も味見させてくれ」
お狐さまが残っていた皿に手を伸ばそうとするから、さっと取り上げた。
「千歳」
ごっつい不満げな顔だけど、これはだめ。
「さっき、央黄が顔突っ込んだからダメです。どうせ残り少ないし、ウサギさんと朱凛さんのも作る気だから、ちょっと待ってて」
後ろで、イタチ勢がすっげ勢いで首を振っている。
普段の敬いっぷり見てると、そらー自分らの食いさし、差し出せんわな。
なので、作り方見せるのも兼ねて、改めてマヨ作り。
だがな。
「お狐さまが出て行くか、イタチさんたちが開き直って近づくか、とっとと決めて」
作るの、近くで見たい、でもお狐さまに近づけないと、ウロウロ遠巻きに落ち着かないイタチ勢がウザい。
結局、お狐さまに言われたイタチさんたちが、平身低頭のまま、調理台を囲んだ。
「卵黄とお酢、塩をよーっく混ぜ合わせます。材料は全部、常温で作ること。冬場なら、暖かい厨房の室温に戻したくらいがベストです」
大きな丼(私の頭が余裕で入ります)に卵黄を入れて、泡立て器で念入りに攪拌する。
「ほう。これのために、あわだてきがほしいと言っていたのか」
「これだけじゃないんですけどね。でも、あるとないとじゃ、大違い。ほんと、お狐さまに感謝です」
後ろから覗き込んでくるお狐さまの腕が、なぜか腹に回っているが、気にしない。調理の邪魔にならない限りは気にしない。
「ここでは、とにかく混ぜる。白っぽくなって、塩が完全に溶けたら大丈夫です。で、ここから真剣勝負」
懸命にメモを取っていたイタチさんたちが、真顔でこくり、と頷く。皆、耳、生えたままだが。
「まずは、この一番小さい匙に半分くらいの油を入れて、死ぬほどよく混ぜます」
少量の油を入れて、ひたすら混ぜる、を繰り返すこと、数回。そのあと、一回あたりの量を倍くらいに増やしながら、とにかく混ぜる。乳化させ、分離なんぞ死んでもさせぬ! とゆー気迫で混ぜる。ハンディブレンダー、お前は神だった!
「…なんだか、もったりしてきたな」
おっさんが真剣な顔で身を乗り出す。料理のことになると、お狐さまこわいも、どっか行くらしい。
「はい。普通、酢と油を混ぜても完全に混じり合うことはないでしょ。でも、最初にしたみたいに、卵黄と酢を混ぜたとこに油を少しずつ加えていくことで、酢と油が混ざり合ってひとつになるんです。マヨネーズはそういう食材の性質を利用したものです。で、だいぶ油が混ざったので、硬くなってきたんですよ」
「ふむ…始め、油の量が少なかったのは、確実に混ぜるためか」
「ええ。あそこでズボラして、量を増やしちゃうと、お酢と油が分離して大失敗します。ある程度混ざってからの分離は、一晩冷蔵貯蓄室に入れておけば、まとまりますけどね」
話している間にも、マヨは順調に硬くなっていく。
「油の量は、一定量以上は、もう好みの問題です。私は硬めが好きなので、ちょっと多めにしてますね。ん、このくらいでいいかな」
仕上げに、少量の砂糖を加えて、しっかり溶かす。
「はい、出来上がり」
「「「「おお〜」」」
お狐さまとイタチさんたちが拍手をくれた。
「すごいな、千歳。このようにしていろいろ作るわけか」
肩越しに丼を覗き込むお狐さまに、味見用の海老にできたてマヨをつけて、差し出した。
「道具と材料あってこそ、ですけどね。はい、どうぞ」
でも、手を伸ばさず、いきなり海老に食いついた。
おい。イタチが引いてるぞ。
「うまいっ」
「おきつ…」
「千歳、天才だな!」
…狐もイタチも同じってことか。
なんでか、耳じゃなくてしっぽが出ている狐を眺めつつ、さて、このマヨネーズ、どうしよう、と考えた。
お狐さま、これからお出かけだって言うし、ウサギさんと朱凛さんにも試してもらいたい。
だって、人間だってマヨ苦手ってひと、少なくない。
イタチと狐の口には合ったみたいだけど、そういう神様たちばっかりじゃないと思うんだよな。パンがあれば、ささっと卵サンドとか作って、持っていくんだけど…と考えて、ちょっと閃いた。
「あの、やっすくていいんで、魚の切れ端とかありません?」
「ん? ああ、まかない用に置いてあるマグロでいいか」
「十分!」
適当に切ったマグロに料理酒をかけて、臭みを取る間に、お湯を沸かして、塩と酒、あとネギの切れ端を入れて煮立たせた。マグロを投入して、色が変わったら火加減を調整して、約十分煮込む。しっかり火が通ったら、出来上がり。
平たいお皿の上でほぐした身を広げて、団扇でパタパタ仰いで粗熱を取る。
マグロを煮込む間に、余ってた卵白で作ったふわふわ卵焼きも、一緒に冷ます。
「魚、茹でたのか」
「煮魚じゃないんだな」
「ふっふー。これとマヨで、私の大好物、作ります」
昼ご飯用に炊いてたご飯を分けてもらって、塩と海苔も準備オッケー。
「握飯か」
「そーです。お狐さまも、お弁当に持ってけますよ」
視界の端で、ゆらゆらしていたしっぽがぶわっとふくらんだ。
「弁当! 作ってくれるのか」
「簡単ですけどねー。お漬物は、イタチさんたち作ですし」
茶碗に取って、少し冷ましたご飯でおにぎり作成。具はもちろん、ツナマヨだ!
自家製ツナと自家製マヨで作った、ツナマヨおにぎり。絶対、私的美味。
お狐さまの分と、ウサギさんと朱凛さんの分も作る。もちろん、私のも。
結局、十個できたおにぎりを、イタチ代表でおっさんに味見してもらった。
ひと口がぶりといき、暫く難しい顔でもぐもぐしていたと思ったら、急に頭を抱えてうずくまった。
イタチさんたちが、ザワリとざわめく。
え!? イタチにツナマヨってダメだったの!?
犬猫にチョコ危険ってのは聞いたこと、あるけど!
「亥黄、どうした」
お狐さまが落ち着いた様子で声をかける。
死にそうって言われたらどうしよう、と思ったら。
「…イタチに」
「え?」
「イタチに、戻ってなるものか、と堪えております」
ぷるぷる震えながら立ち上がり、はむっともうひと口頬張る。
「美味い…」
…よかった。
ほっと胸をなで下ろす。
「じゃあ、これ、お狐さまのお弁当です」
竹皮に包んだおにぎりと卵焼きを差し出すと、嬉しそうに受け取った。
「うむっ。では、行ってくる」
「はい、いってらっしゃい」
にまっと笑って、るんるんと出て行くお狐さまを見送った。
そういえば、「いってらっしゃい」なんて言ったの、随分と久しぶりだなあ。
その日の夜。
おっさんに教えた「海老のマヨネーズ炒め」がメインで、あとは完全和食、というちょっとちぐはぐな夕飯を美味しくいただきながら、朱凛さんとお喋りを楽しむ。
朱凛さん、最初にお願いした通り、私が食事の間は、一緒にお茶を飲んでくれるようになった。おかげで、個人的な気まずさがちょっとマシ。
「本当に美味しかったんですよ、あのおにぎり」
「よかったー。マヨネーズのおにぎりって、私の世界でも嫌いなひとは本当に嫌いだから」
「そうなんですの? 確かに今までに味わったことのないものでしたけど、魚の塩茹でのにおいがいい具合に消されていて、でもなんとも言えないコクもあって」
「あ、じゃあ、ちょっとお願いしてもいいですかね?」
「何でしょう?」
「明日、小さいツナマヨおにぎり、たくさん作るので、女官の皆さんに味見してもらって、いろいろ感想をいただきたいんです」
「女官たちの、ですか」
不思議そうに首をかしげる。
「はい。男性の意見は厨房で聞けますし。それに、お店をしたり、新しい商品を企画するときに、女性の意見って重要になるのが私がいた世界の常識だったんです。私、この世界でお菓子屋さんしたいなあって思ってるので、この世界の神様の意見、いろいろ聞きたいんです」
「なるほど。あのまよねーず、とやらもお菓子にお使いになるんですか」
「あ、あれは違います。えーと、今、お菓子だけじゃなくて、簡単に食べられるもの…西のほうのおにぎりみたいな料理があって、それを作れないかって考えてるんです。マヨネーズは、そのためです」
「では、お菓子と一緒に軽食も商われるということですのね。わかりました。明日、他の女官たちに聞いてみます」
「ありがとうございます! あ、美味しくないとか、こうしたほうがいいんじゃないかって意見も、きちんと教えてくださいね。そういう意見があってこそ、いいものができるんです」
そんな会話をしながら、完食。
今日も美味しかったです! おっさんにはそのうち、ハンバーグを覚えてもらおう。バターと牛乳が手に入ったら、ベシャメルソース仕込んで、ドリアとかグラタン作ってもらおう。
ご飯後、ちょっと休憩して、お風呂。
さすがに風呂は面倒見てもらわなくても…と交渉したんだけども、これだけは聞いてもらえなかった。
「ダメ。絶対、ダメ」
「どーして?」
「だって、千歳様、ひとりで入ったら、てきとーに洗って、てきとーに乾かして寝ちゃうでしょ。ただでさえ、睡眠時間短めなんだから、手入れはしっかりしなきゃ。なんだったら、寝てていいから。勝手に洗って、勝手に磨いて、布団まで運ぶから」
仙の方々も、神力は使えるので私ひとりくらいなら、楽々運べちゃうそーですよ。白目。
そんなわけで、お風呂は相変わらず、一から十までお世話されております。
一通り、髪と身体洗っていただいて、お湯に浸かる前に塗ると、肌がしっとりすべすべもちもちになるとゆー不思議なオイルを塗りたくっていただき、木のスノコベッドみたいなのに寝そべって、身体中マッサージしていただいて、湯船に浸かった。
さすがに、お湯に浸かっている間はすることないし、じっと待たれるのも気まずいので、ひとりにしてもらっている。「のぼせないように、ちゃんと水分とってくださいね」と、水差しにはちみつと何かの柑橘果汁を混ぜたお水まで置いてもらって、至れり尽くせりです。元の世界に戻ったときに、これに慣れきっていたらどうすればいいというのだ。
この世界に来て、本気でよかったと思うのは、お風呂。
広い湯船にのんびり浸かれる。私が住んでいたアパートのユニットバスじゃあ、手足を伸ばしてのんびりなんてできなかった。
ちょっとぬるめのお湯の中で、うだーとしつつ、換気口から覗く月を眺めたりしていると、入り口の引き戸の向こうがちょっと騒がしくなった。なんだ?
「千歳」
「え、お狐さま?」
「ああ、入るぞ」
「ちょ、え、なに」
いやまあ、裸見られるくらい、今更どーってことはないんだが。でも、寝室より明るいからなあ。
この世界、浴室とか寝室には触っても熱くない不思議な行灯が置いてあって、この浴室のは光量も結構ある。寝室は寝る前提だから、かなり小さめだけど。
なんとなく慌てる私に構わず、引き戸を開けて、人型のお狐さまが入ってきた。湯着を着ていてホッとする。私は素っ裸だが。
「いったい、なに?」
「弁当の礼だ」
言うなり、さっと手を一振りした。
途端に、何もない天井から、白い花が降ってきた。
「え、え!?」
ふわ、ぽと、と落ちた花から、ふわっと甘い匂いが立ち上る。
次々に落ちてきた花で、水面がいっぱいになった。花びらが触れて、くすぐったい。
ざっと掛け湯をして、湯船に入ってきたお狐さまが、一輪摘んで、「佐保の花だ」と言った。
「佐保の花?」
「ああ。この世界には、四季はあるが、草花は基本的にその神仙がおらねば根付かない。食物は、ちと管理系統が違うから別だがな。我の領域は動物の神仙が多く、植物はあまりおらぬ。だから、佐保の姫…春を司る神の領域へ行って、少し分けてもらった」
「だから、佐保の花。…綺麗」
よく見ると、ほんのり淡い色の花は、桜によく似ている。一輪摘むと、甘い匂いが少し強くなった。
「千歳に似合いの可憐な花だろう」
さらっとこっぱずかしいこと言うのは、美形だからか。
「お世辞はいいです」
「世辞など言うか。必要もない」
花の浮かんだお湯の中で、お狐さまは私を引き寄せ、横抱きで膝に乗せた。
「千歳には、花よりも食材や調理器具のほうが喜ぶかとも思ったのだがな、今日の様子を見ていて、少し違うのではないかと考えた」
「え?」
私、泡立て器と小麦粉で狂喜乱舞しそうになったけど。
でも、彼は手で掬ったお湯を私の肩にかけながら、「千歳にとって、料理は生きる理由なのだろう」と言う。
「生きる理由…って言うか、生きる術って感じ」
「どちらでも良いがな。少なくとも、料理をして安らぐことはできぬのだな、と思ったのだ。なんと言えばいいか…千歳に食材や調理器具を与えることは、兵士に新たな武器を与えることと同義である気がしたのだよ」
なんか物騒だな、と思ったけど、どうしてだか言葉は出なかった。
そんな私の頭を撫でて、お狐さまは穏やかに笑った。
「そなたが元の世界で、どのように生きてきたかはわからぬが、少なくとも、ここではそう肩肘を張らずとも良い。亥黄のように喧嘩っ早いものもいるし、神々の中には癖のあるものも少なくないが、我が庇護する以上、千歳を理不尽に虐げさせぬ」
「…別に、そんな親が子どもの喧嘩に口出す気満々でいなくても」
「だが、そなたは己がこの世界では無力であると自覚しているだろう? だから、何とかして自分にできることを見つけようとしている」
そうだけど。
でも、それって私が私のために、当たり前にすることだもの。
「そのように利かん気の子どものような顔をせずとも良い。ほら、口が家鴨のようになっているぞ」
濡れた指先に唇をふに、と摘まれる。
「千歳の作ってくれた弁当、美味かった」
「…そう?」
「ああ。あの握飯、いくらでも食べられそうでなあ。神になって以来、あれほど美味いと思うて、もっと食べたいと思うたものはなかった」
「そっか…よかった」
自分の作ったものを美味しいと言われることは、素直に嬉しい。
「卵焼きも、食べたことがないようなやわらかさだった。ああ、千歳のここのほうが、もちろんやわらかいが」
言いながら胸を揉む。
「どこのスケベオヤジだ」
花が浮かぶお湯を掬って顔にかけると、「酷いな」と笑う。…超絶美形が濡れてると、本気でいい男ですね。花びらくっついても絵にしかならん。
前髪を掻き上げて、私の腰に腕を回す。
引き寄せられるまま、身を預けると、デコにちゅーされた。
「千歳は、抵抗せぬな」
「ん?」
目を開けると、満月色の目と視線が合った。
お狐さまは真面目な顔をしていた。
「処女なのに、我が触れても、なすがままだろう。初めは抵抗していたが…受け入れられていると勘違いしそうになる」
それな。
私も、自分がどういうスタンスなのか、よくわかってない。
でも、二週間考え続けて、ちょっと見えてきたこともある。
「受け入れてない、わけじゃないような気がしないこともない、って感じ?」
「…それは結局、どうなんだ」
「んー…」
それなりに自問自答してきた結果を、どう言葉にしたものか、悩む。
言い方によっちゃあ、本気でタダのユルい女だ。
「初めてのとき、嫌じゃなくてですね、ただただひたすらに気持ち良かったんです」
「ふむ」
「私、男性経験皆無で、恋愛感情持った相手とかも殆どなくて。経験ないから知らなかっただけで、気持ちよけりゃ誰でもいいのか、とか結構悩んだわけですよ、これでも」
「なるほど」
「で、相手がウサギさんとか、イタチさんたちの誰かだったら、どうだと考えてみたりもしたんですけど、それはなんかヤだなあと思いました」
うん、そうなんだよな。
唾液混ざり合うキスしたり、身体中舐められたり、あんなところをぐっちょぐちょにされて、でも嫌じゃないのって、想像した限りじゃ、お狐さまだけだった。
「だから、なんでかはよくわかんないけど、きっとお狐さまは、他の神様や仙のひとたちとは違うんじゃないかなあ」
「喜んでいいのか、悩むところだな」
実際、複雑そうな顔だけども。
そこんとこは、お互い様でないかい。
「でもまあ、お狐さまも、人間美味しいってとこが重要なんだし、」
「は?」
目を見張ってるが、どーした。
「え? だって、神様って人間のあれやこれや、美味しいんですよね?」
「…どうしてそうなる」
「毎晩、甘いだの美味いだの言いながら、散々ひとの身体いじり倒してるのに、何を言う」
「あのな、いい機会だから言っておく。我の本性は肉食だが、人間を食ったこともなければ、美味いと思ったこともない」
「そうなの?」
てっきり、食料的な意味で美味しい美味しい言ってるんだと思ってた。
初めてのときに独占欲あるっぽいこと言われたけど、あれも美味しいおやつを他人にやるのもったいない的な意味が強いんだろうなあとか。
あれ、じゃあ、なんで毎晩、あんなことしてんだ。
首をかしげる私に、「まさか」とか「本気か」とかブツブツ言っていたお狐さまは、「わかった。きちんと言葉にしておこう」とため息をついた。
「我が千歳を拾ったのは、ほぼ確実に一目惚れだ」
「…はい?」
「菓子職人だというのも重要だったが、千歳の特技が全く別のものでも、我はそなたをここへ連れてきておった」
「…なんで?」
「一目惚れだと言うたであろう」
「お狐さま、狐なのに、目ぇ悪いの?」
「千里先でも見えるわ。あのなあ、ひとの子でも、異性の好みはいろいろあるだろう。神とて、女人の好みが当然あり、千歳は我の求めるものを備えていたということだ」
「はあ…」
えらい変わった趣味してんなあ。やっぱ元狐、現神様ともなると、ゲテモノ食いになったりすんのか。
なんとも言えない私の顔を見つめ、腰に回していた腕をおしりと背中に這わせた。
「ん…」
「だから、我はそなたの身体だけではなく、心も欲しいと思うておる」
「おしりもみながら言われても、説得力ない」
「千歳の肌は、手触りが良すぎるのだ。吸いつくようで堪らぬ」
「それは、毎日香油、塗ってるから、っあ」
おしりの下にもぐり込んだ指先が、割れ目を撫でる。
湯着の胸に縋りつくと、「湯の中では、千歳が味わえぬな」と呟いた。
「やっぱり、食料ポジ…」
「違うと言うに。愛しい娘を隅々まで味わい尽くしたいというだけのことだ。狐だからな」
抱きしめられて、キスされる。
触れ合うだけじゃなくて、舌を絡ませて、やらしい音を立てる濃厚なやつ。
キスも、気持ち良くて好き。
でも、やっぱり他の誰かとしたいとは思わないんだよなあ。
それに、お狐さまに触れていると、なんだか落ち着くんだ。
唇を離して、何となく首筋にすりすりすると、ふ、と笑う気配がした。
「どうした」
「ん、なんか、こうしてると…ホッとする?」
「疑問形か」
ツッコミながらも、湯船のふちに背を預けると、私を向かい合わせに膝に座らせた。
「おいで」
腕を広げられて、ぎゅっと抱きつく。潰れた花が、濃く香る。
抱き返されると、いろんなところが触れ合うんだけども、そういうのより、頭を撫でられる心地よさが一番だった。
「千歳、少し身体が熱いな」
「そう?」
「ああ、ひとの身体は脆い。水を飲んでおけ」
差し出された水差しを受け取って、口をつけると、思っていたより喉が渇いていた。
半分くらい、一気に飲んで、息を吐く。
「我もくれ」
水差しを渡そうとして、その目に浮かぶ色から、何を求められているのか、何となくわかってしまった。
はちみつ水を口に含んで、覆いかぶさるように口づける。
開いた口に水を流し込んだのに、頭を押さえられて動けない。
彼の舌が動いて、水を嚥下する動きが伝わって、何故か背筋が震えた。
「千歳、もう一度」
「うん」
口移しで水を飲ませながら、腰を動かして、熱いものを脚の間に挟み込む。温い湯の中で、蜜口と彼の熱が密着した。大きな手も、それを促すようにおしりを掴む。
くちゅ、と音をたてながら、絡み合っていた舌が解けた。
「悦いか?」
「ん、黒陽の、熱い」
また、深く口づける。
彼の湯着の前を肌蹴て、直接手を這わせた。
硬い筋肉と、張りのある肌の感触を味わいつつ、背に両手を回す。ぴたりと互いの胸が重なって、でも、湯の中だから、いつもより感覚が鈍くてもどかしい。
黒陽も、いつものように激しく攻めるのではなく、触れ合っている感触を楽しむように、おしりを揉んだり、胸を弄っている。もどかしいんだけど、彼の手が触れるのが気持ちよくて、頭を肩に預けて目を閉じる。
「千歳は可愛いな」
「可愛くなんて、ない」
「可愛いぞ。よく笑うところも、少し頑固なところも、全部可愛い」
耳にキスされて、くすぐったい。
肩を竦めると、大きな手が背中を撫でる。脚の間の熱は変わらず熱いんだけど、なんだかリラックスしてて、寝ちゃいそうで、目を開けた。
いつもよりはっきり見える黒陽の身体は、前から思っていたとおり、がっしりしていた。
「黒陽、身体、大きいね」
「男だからな。千歳は華奢で小さい。抱きしめたら、隠れてしまいそうだ」
「そこまで小さくないよ」
「だが、ここは狭そうだぞ」
言うと、少し腰を揺らして、蜜口を擦る。
「ん…」
「…早く、千歳のなかに、入りたい」
耳元で、黒陽が熱く呟く。
「まだ、ダメ、なの?」
身を起こして硬い熱を自分の肉でゆるゆると挟んで腰を動かすと、綺麗な顔が歪んだ。
「ああ…まだ、抱けぬ。まだ、我の神気が千歳の魂魄に馴染みきっておらぬのだ」
「じゃ、いつ?」
「まだ、あと少し」
まだ、まだ、と曖昧な言葉を連ねつつ、黒陽は催促するように腰を押しつけてくる。
「こんなに、硬いのに」
「…煽るな」
ふと思いついて、身体の間に手を伸ばした。
…この辺、かな?
見当をつけて指を伸ばすと、ツルッというか、独特な手触りのやわらかいものに触れた。
切れ長の目を見開いて、黒陽が少し身体を離した。
「ちとせっ!?」
「私はいっぱい触られてるのに、そういえば触ったことはなかったなあと思って」
「触らずとも…っ」
「ちょっとだけ」
ちゅう、と唇をふさいで、指先で彼のモノの先端をくるくると撫でてみる。
気持ち悪かったりはしないだろうと思っていたけど、想像以上に平気…というか、反応があるのが嬉しくて、もっと触りたくなる。
ネット小説とかだと、こう…手のひらとかで扱きあげてたと思うんだが、それ、やろうと思ったら、身体離さないとダメなんだよね。それはちょっと嫌。
考えて、自分の腰を時々動かしながら、先っぽを弄ってみることにした。
「ちと…」
「あ、おっきくなった…っ」
ぐん、とふくらんだそれに、私もクリトリスを刺激されて、息を止める。やだ、これ、気持ちいい。
先っちょがビクビクするのを指先で探り、いわゆる割れ目を刺激する。
「なんか、ぬるぬるしてる」
今更だけど、神様も精液って出るんだなあ。
ひくついている小さな穴を爪でカリカリすると、綺麗な顔が歪んだ。
「本当に、生娘、かっ」
「あんっ」
仕返しのように、胸をもまれて、乳首をきゅうっと摘まれた。
腰にじんわりと熱が溜まる。
彼の首筋に頰を預けて、なんだかすっごくやらしい気分で目の前の耳たぶをかぷ、と噛んだ。
昔読んだ漫画で、耳をねっとり舐めるっての見たことあるけど、あれってどうなんだろ。
私も乳首をクリクリ弄られて、ちょっと頭飛んでたのかも、とあとで思ったが。
形のいい耳をはむっと咥えて、舌先をそこの穴に差し込んでみた。同時に、触り続けている彼のモノが、ビクン、と震えた。
「…っく」
耳が蕩けそうに色気を含んだ吐息が聞こえたと同時に、蜜口と重なっているものがビク、ビク、と動く。
腰をぐっと押しつけて、亀頭を擦りあげた。
「ち、とせ…っ」
ぎゅうっと抱きしめられて、黒陽が強張るのを全身で感じると同時に、花の間に、彼が吐き出したものが浮かび上がった。
「あ…ん、こく、よ」
きっとぷくぷくになっているはずの肉芽が刺激されて、気持ちいいんだけど、達くほどじゃない。
もどかしさで腰を動かすと、押さえるように、またぎゅっと抱きしめられた。
「千歳…」
掠れた声が、超絶色っぽい。なんか、声聞くだけで、イっちゃいそう。
「このようなこと、誰に教わった」
詰問するような口調だけど、声が甘く掠れてるから、堪らない。
「誰にも…だって、男のひとと、つき合ったこと、ないもん」
敢えてゆーなら、ネット小説ですかね。
でも、そんなことより、このもどかしい熱を何とかしてほしい。
「黒陽、寝室、行こう? いつもみたいに、いっぱい、気持ちいいこと、して」
抱きついて言うと、返事はなく、代わりに抱き上げられた。
そのまま、寝室へ直行。
濡れた身体や髪は、何故かベッドにたどり着く前に綺麗に乾いておりました。
「これほどに淫乱な処女がいるとは…人界とは恐ろしいところだな」
「ふあ、んんっ…いんら、んじゃ、ないもん」
「嘘はよくないぞ、千歳。ほら、滴る蜜で布団がぐしょぐしょだ」
「ん、ぜんぶ、なめてぇ…こくように、ちゅうちゅうされるの、すきっ」
佐保の花の香りより、ずっと甘いあの匂いに包まれて、何度も白い世界に飛んでしまって。
翌朝、やっぱり黒狐なお狐さまの懐で盛大に寝過ごしたんだけども、何故かウサギもミンクもやってこないというアレな朝になってしまった。
目を開けると、すっかりお馴染みになった一面の黒い毛皮。
いつも以上のだるさに息をつくと、「起きたか」と声がした。
横向きだった身体をうつ伏せにして顔を傾けると、重ねた前脚に顎を載せたお狐さまと目が合った。
「おはよーございます」
「おはよう。身体はどうだ」
「…重だるいです」
「だろうな。昨夜は、我もついつい攻めすぎた」
言うと、突然人型に戻った。
お互い素っ裸なので、当然私は焦る。これでも、まだ処女ですしね!
なのに、お狐さまは私を強引に抱き寄せてしまった。
裸の胸に頬を押し当てることになって、いきなり心臓がばくばく言い始める。
いやあのだって、散々アレなことしといてなんだけど、こう…比較的冷静で、ばっちり視界良好でって状況は初めてなのだ。
それに、お狐さま、昨夜も思ったけど、イイ身体してんだ! さすが狐! …狐、関係ないか。
ちょっとテンパり気味な私に構わず、布団に転がって、自分の上に私を載せた。
「軽いな」
「そ、う?」
「ああ。それに、胸が押しつけられるし、好きなように千歳に触れるし、いい体勢だ」
背中とおしりに手が。でも、言葉のわりに、触り方はやらしくない。
毛皮とは違うけど、全身が触れ合って、あったかくて気持ちいいし。
頭を撫でられて、完全に逆らう気力がなくなった。
「厨房へは昼前に行けばいいのだろう」
「うん」
「なら、今日は朝寝を楽しもう」
「お狐さま、仕事は?」
「昨日で粗方片づいたから、問題ない。白影たちも起こしに来ぬだろう」
言われてみれば、帳の向こうの日光は明るいのに、いつも来るふたりの気配がない。
「そっか」
「千歳もな、少しは休め。今日一日くらい、我の抱き枕になって昼寝を楽しんでも、罰は当たらぬぞ」
当てるはずの神様は、ここにいるしなー。
あくびをかみ殺すと、くるっと身体が反転して、横向きに。
「千歳は温かい」
「お狐さまも、あったかいよ」
「そうか」
小さく笑う気配がして、おでこにちゅーされた。
「ならば、腹が空くまではこうしていよう」
ぎゅうっと抱きしめられて、背中をとんとんされて、なんだか子どもみたい、と思ったけど、全然嫌じゃない。
広い背中を抱き返して、ちょっとやそっとじゃビクともしなさそうな胸に顔を埋めて、こういうのもいいかも、と思った。
主人のいない執務室に、頭を抱える人影がふたつ。
「風呂場で盛ってたんですよ…」
「ああもう、黒陽様が花なんて差し上げるからですよ。千歳さんも女性なんですから、喜ぶに決まってるでしょう」
「ですよねえ。もう、今朝起こしに行くのが憂鬱で。清掃係が風呂場に残ってた神気に中てられてひっくり返るし、寝室の前に立つだけで眩暈がするくらいの神気だし」
「朱凛、よく無事でしたね」
「女官一同の気迫ですね。今日は千歳様お手製のつなまよおにぎりをいただけると聞いていたので、全員の食欲が神気になって守ってくれました。でも、扉開けるとこが限界でしたが」
「私もねえ…起こしに行ったんですけど、なんか玄関の外まですっごい匂いがしてるじゃないですか」
「ああ、佐保の花ですね。湯船が花だらけになってました」
「ただでさえ、千歳さんと睦み合ったあとの黒陽様って神気ダダモレではた迷惑なのに、あの匂い…独りもんに、何の嫌がらせかと」
「あー、ですよねー。佐保の花って新婚の寝室に撒く花ですもんね。人間の千歳様と神格の高い黒陽様が影響受けるのか、知りませんけど」
「あの狐も、わかってやってるんだか…」
「わかってないと思いますよ。四季の神々がお持ちの花の中で、佐保の花が一番千歳様に似合うって浮かれて帰ってきましたから、あの狐」
「たまったもんじゃねえ」
「ほんとに」
その日、厨房のイタチ一同が、何故か腰を悪くしたという(ずっと前屈みだったから)。